能勢と坂本龍馬まとめ

2014年6月11日

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幕末に撮られた、一枚の写真。
左の侍の袖に切竹矢筈十字の家紋があります。
この侍は幕府の長崎奉行だった能勢金之助(能勢大隈守頼之)ではないかと言われています。

via:aburayaのブログ

切竹矢筈十字とは何か?

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この紋章は能勢頼次公から使用されました。吉例の「矢筈(やはず)」が寄り合ってできたものです。この紋章は能勢妙見山が独自のものとして使用しています。

via:能勢妙見山-歴史(由緒・縁起)

能勢のあちこちで見られる旗

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能勢のあちこちで、茶色や青の旗が建っています。
地黄城跡地の近くには中世の能勢氏の丸山城、大阪府指定文化財の真如寺の銅鐘、能勢氏代々の墓石がある清普寺があります。

via:能勢黒牛のblog

能勢金之助って誰?

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元治元年(1864)亀山社中設立1年3ヶ月前、幕府の軍艦奉行勝海舟は、外国艦船の下関攻撃回避するための対策を講じるため、目付・能勢金之助坂本龍馬、近藤長次郎等、総勢42名を伴い来崎。

via:坂本龍馬と長崎~勝海舟に出会うまで

能勢金之助と勝海舟、坂本龍馬

能勢金之助は、元治元年(1864)一橋慶喜から、外国艦隊の下関攻撃を回避せよ、との御用を受けた勝海舟に、坂本龍馬と共に目付として同行した。

日程は、2月14日~4月11日。金之助と海舟は、米国と蘭国の領事との会見調整を行う。又、長崎海軍伝習所や鉄工所、造船所を視察したり、横井小楠の『海軍問答』を聞いている。慶応元年(1865)8月10日、金之助は長崎奉行となる。イカルス号事件では、龍馬に配慮する。

via:大阪市 日蓮宗 正善院

坂本龍馬と北辰一刀流

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北辰一刀流(ほくしんいっとうりゅう)
千葉周作が創始した、北辰夢想流と一刀流を合わせた古流武道の流派。
文政5年(1822年)に、千葉周作により日本橋品川町に道場「玄武館」が開かれた。この道場は幕末の江戸三大道場のひとつに数えられるほどに成長した。

坂本龍馬は千葉定吉のもとで剣術修行を受けた。

via:坂本龍馬人物伝

北辰一刀流の北辰とは?

北辰一刀流の北辰とは夜空に浮かぶ北斗七星のことです。

流祖である千葉周作は、北斗七星の化身とされる妙見菩薩を信仰していたということからこの名がつきました。

via:北辰一刀流剣術 ~ 玄武館

坂本龍馬・勝海舟と能勢妙見

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墨田区の能勢妙見山別院は、能勢妙見山の唯一の東京別院です。能勢妙見山の東京別院は正式名称を「妙見山別院」といいます。能勢頼直の代に江戸の下町本所に下屋敷を賜ったため、安永3(1774)年屋敷内に堂宇を建立し妙見大菩薩のご分体をお祀りしたのが始まりです。

妙見山別院は親子鷹でおなじみの勝小吉と勝海舟親子の熱烈な信仰を得ていたことで有名です。平成22年にはNHK大河ドラマ「龍馬伝」の龍馬伝紀行で龍馬と佐那(さな子)がよく参拝に訪れた寺院として紹介され、歴史ファンなど多くの参詣者が訪れています。

via:妙見山別院

能勢妙見山
住所:〒563-0132 大阪府豊能郡能勢町野間中661
電話:072-739-0329